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3.5"フロッピーディスクに32MBのデータを記録する技術があったらしい

個人的に磁気記録技術に興味があるのと、フロッピーディスクのような少し古いメディアが好きなので興味本位で調べていたら、パナソニックがかつて製造していた「スーパーディスクドライブ」で、FD32MBというフォーマットを実現していたのを知りました。なんでも、3.5インチの2HDフロッピーディスクに32MBものデータを記録するらしく。記録メディアマニアとして、ちょっと興奮しました(笑)。

3.5"フロッピーにもいろいろフォーマットはあるのですが、最も一般的な2HD形式のフロッピーディスクは、わずか1.44MBのデータしか記録できないことで有名です。ですが、かねてより、磁気ディスクとしての物性面での記録容量の限界はもっと先にあるのでは?と思っていました。この32MBという数値を見て納得。おそらくこれが実用上の限界に近い記録容量だと思います。

(注.以下は1時間でやっつけで書いた殴り書きなので誤った記述もあるかもしれません)

フロッピーディスクの容量はなぜ小さかったのか

「開発当時は大容量だった」と一言でいえば終わる話かもしれませんが。古い規格が普及したまま、なかなかアップデートされなかった、という観点が一つ。これには理由はさまざまあると思いますが、多くを語れるほどの知識は残念ながらありません。

もう一つは物理的な話です。磁気ディスクの容量を決めるのは、一般にトラック密度と線記録密度という2つのファクターです。
トラックとは、記録ヘッドの軌跡が描く線のことで、データはトラック上に記録されます。トラックが細ければ細いほど、またトラック同士の干渉を避けるための空隙(ガードバンド)が細いほどトラック密度を上げられます。
線記録密度とは、トラック上に並ぶビットの、長さあたりの密度のことです。デジタル磁気記録では、磁性体上の磁極の向きによって0と1を表現していますが、この密度を高めることができれば、トラックの長さあたりの記録密度を向上できます。

トラック密度を向上するにあたっては、記録・再生ヘッドの小型化や、ガードバンドの縮小とともに、ヘッドがトラック上を適切に追従(トラッキング)する必要があります。
トラック幅が狭くなればなるほどトラッキングはシビアになります。特にFDDの場合、ドライブから記録メディアを脱着可能であることから、ドライブごとの個体差やディスクの偏心などが影響してしまいます。
同じリムーバブルディスクである光ディスクの場合は、高密度で渦巻状に記録されたトラックをレーザーが正確に追従するためのトラッキングサーボ技術が採用されています。それに対して、同心円状にトラックが形成されるFDDには、こうしたサーボ技術が備わっておらず、オープンループ制御のみでトラッキングしていたことから、トラック密度の向上が難しかったと思われます。

また、線記録密度の向上にあたっては、S/N比の低下が問題となります。根本的な解決には磁性体の微細化が必要となり、線記録密度をそれ以上向上できなくなった時点で、ディスクの物性としては限界が訪れたことになると思います。

記録容量向上のためにFD32MBでやったこと

従来と同じメディアを使用しながら、記録技術の変更のみによって22倍もの記録容量向上を実現するために何をやったのか、まずは箇条書きでまとめてみます。

・読み取りヘッドの微細化(8μm)に加え、トラックの重ね書き(現在のSMRに通じる技術)によりトラック本数を9倍に
・当時HDDで実績のあったPartial Response Maximum Likelihood法により線記録密度を2倍に
・ゾーンビット記録により、外周部から内周部まで線記録密度を一定にし、記録密度を1.4倍に
・誤り訂正技術、トラッキングサーボの導入

様々な技術の組み合わせによって爆発的な記録容量向上を実現しているわけですが、中でも一番の目玉はトラックの重ね書きだと思います。記録ヘッドの微細化は行わず、125μmと旧来のサイズの記録ヘッドのまま、読み取りヘッドだけを微細化しています。非常に太いヘッドで重ね書きをして微小なトラックを作るイメージです。必要最小限のトラック幅を残し、ガードバンドさえもなくしてしまうことで、トラック本数を9倍にも増やすことができました*1

ハードディスクにおけるSMRをご存知の方であればお察しでしょうが、重ね書きをすると記録密度と引き換えにランダムアクセス性が犠牲になります。本来磁気ディスクは任意のセクターを任意の順序で読み書き可能な、ランダムアクセス性のある記憶媒体です。しかし、重ね書きをすると、その次のトラックが上書きされてしまいます。上書きされたトラックを書き直すと、その次のトラックが上書きされる、というように、ランダムな上書きが非常に難しくなります。

現在の実用的なSMRハードディスクでは、メディアキャッシュやSMRバンドといった概念によりランダムアクセス性を改善し、さらにドライブ自身がデータの配置を積極的に管理しています。

しかし、FD32MBではドライブやOSがデータの読み書きを高度にサポートすることなく、書き込みは追記のみ、上書きは不可能で全体消去のみ*2Windows標準のエクスプローラーでは読み取り専用と、無理な高密度化のしわ寄せによって使いにくさが目立っていたようです。

消えていったリムーバブルディスク規格

ドライブが爆発的に普及したことに伴い、フロッピーディスクは一時期リムーバブルメディアのデファクトスタンダードに上り詰めましたが、容量が小さく不便であることはもはや明らかでした。90年代以降、フロッピーに代わるリムーバブルメディアを目指したディスク規格が競うように生まれました。PDやMO、Zipなど*3とともに、パナソニックのスーパーディスクも、当時競うように誕生したリムーバブルディスク規格の一つでした。

初期投資としてわりあい高価なドライブを購入する必要のあるリムーバブルディスク規格は、根付かずに消えていったものが非常に多く、成功例はCDやDVDなどごく少数にとどまるといって良いと思います。

2010年ごろになると、リムーバブルメディアの主役の座はUSBメモリーにほとんど奪われ、2020年代のいまでは、クラウドストレージによるファイルのやり取りが盛んになり、リムーバブルメディアの活躍の機会さえぐっと減ってしまいました。

参考文献

この記事を書くためにおもに情報源にした記事です。

松下、2HD FDで32MB記録できる次世代スーパーディスクドライブ - PC Watch

元麻布春男の週刊PCホットライン 2HD FDに32MB記録できる新スーパーディスクドライブ - PC Watch

News:3.5インチFDの容量を22倍にアップ──松下寿の「FD32MB」技術 - ITmedia

You might also like:

私と同じ興味を持つ人に刺さりそうな記事たち。

・セラミックアーカイブス 磁気ヘッド(フェライトhttps://www.ceramic.or.jp/museum/contents/contents/pdf/2007_5_01.pdf
FDD用磁気ヘッドについての解説記事。ここまで詳しく解説した記事は他に見つけられませんでした。

・技術の系統化調査報告「フロッピーディスクとドライブの技術と
ビジネス発展の系統化調査」 https://sts.kahaku.go.jp/diversity/document/system/pdf/124.pdf
この記事を書いてから見つけたのですが、気になっていたこと以上の情報が記されていて感銘を受けました。

情報機器と情報社会のしくみ素材集 1508 フロッピーディスクドライブのしくみ
FDDの仕組みをアニメーションで解説したもの。消去ヘッドの役割などが分かりやすいです。

*1:このような「重ね書き」技術は磁気テープ分野では以前から使われていたそうですが、磁気ディスクでの実用化はFD32MBが初めてではないかと推測します

*2:ファイルシステム的な疑似消去はサポートされていたようです

*3:中でもリムーバブルメディアを主力事業とするIomega社がこうした製品群を多数リリースしていたことが知られています